惑いながらも自分の信じる道を進もう!

惑いながらも自分の信じる道を進もう!

冷たい空気が漂う2月初日の朝。

 

私はこの日、鎌倉に来ていた。

以前より、昨年の8月に離婚した元嫁と鎌倉の散策をする約束をしていたのでお互いの予定が合うこの日となった。

元嫁とは離婚してからも、関係は良好。。。というより籍が外れてお互い別の場所に住むようになったという事以外は何も変わっていないような気がする。

もちろん、お互い顔を合わす機会も1月に1回とか随分と減ったが、相変わらずLINEなどでしょうもないやりとりをしてたり。元夫婦同士で飲み会などのイベントに参加したりと、正直傍から見れば何とも可笑しな関係だと思うのだろう。

 

とは言っても、元夫婦同士でこうして出掛けるのは離婚して以来初めての事。

夫婦であった頃はちょくちょく顔を出していた鎌倉だが、こうして二人してぶらぶらとするのもかれこれ一年ぶりか。。。改めて月日の経つのが早いなと実感する。

特に鎌倉に来たからといって特別何かをしているわけではない。

今まで行った事がない鎌倉の食事処を回ったり、梅が咲いてるかな?と思い咲いてそうな寺社まで散歩がてら歩いて行ったり、冷えてきたら近くのカフェで一服したり。。。話すことも変な話、特別これといった話ではなく、それこそ一年前となんら変わらないような話をしている。

 

一年前となんら変わる事のない穏やかな時間が過ぎていき、そして夜も8時頃を過ぎたころ帰路へ。

一年前と変わったと言えば、それぞれが帰る場所が違うということ。

横浜駅。ここで私は横須賀線を降りた。そのまま乗っている元嫁に手を振って京浜急行のあるホームへ向かっていった。

と同時に、2か月ほど前のあの感覚が突如思い出したかのように湧き出てきた。

そう、離婚してから一人生活が始まってからのぽっかりと穴が開いてしまったような空虚感。

年末が近くなって何かと忙しかったり賑やかだった日が続いていて、それからしばらくその感覚を忘れていたのだが。。。

 

この時もそう思ったし、ここ最近毎日のように思うことだが、生きていていろんなことがわからなくなっていく。

自分の下した決断がこれで良かったのか。。。

今やっていること、これからやろうとしていること、これから向かおうとしていること、本当にこれでいいのだろうか。。。

別に離婚がどうこうとう事を言いたいわけではなく、後悔しているだとか、またやり直したいだとかそういう事ではなく、もちろん離婚の事だけでない、仕事の事も、好きな事も、そしてこれからの人生の事も、果たしてこれでよかったんだろうか?今していること、これからすることは果たしてこれでいいんだろか?と自問する日々。

 

40歳は「不惑」と言われているけど、私はむしろ40過ぎてからのが惑う事ばかりのような気がする。

自信を無くす事が続いていたり、また新しい事をやるにも不安や恐れから、無意識の内に自分自身にブレーキがかかってしまってような感覚。時には無力感にすら苛まれることすらある日々。

でも。。。例え惑うことが多くても無力感に苛まれようとも、ここで立ち止まってたり引き返したりする余裕はない。もう人生も折り返し地点をとうに過ぎる年齢に差し掛かったのもあるのか、少しずつではあるが確実に「死」というものが近づいているという感覚を持ち始めている。

例え惑いながらでも、人生の終を迎える瞬間が来たとき。。。それはこの後直ぐに訪れるかもしれないし、いつまで生きられるかわからないが、この世に生を受けてよかったと、そう思えるような人生を残りの人生をかけて送っていきたいと思う。

たった一度きりの人生なんでね。

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それには、惑いながらでも少しずつでも先に進もう。

進めばきっと何かが見えてくると信じて。

 

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