頼んだことを期待通りにやってくれない時…頼み方に問題がないですか?

頼んだことを期待通りにやってくれない時…頼み方に問題がないですか?
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最近思うことなんですが、人に物事を頼む時に考え方を改めたことがあるんです。

今は仕事もフリーで単独もしくは少人数でやることが多くなったのであまりその事自体で葛藤を抱えこむことも少なくなったのですが、家の中ではたまにあったりするわけで…

あまり細かい話はできないんですが(苦笑)例えば家の中の掃除を頼むとするじゃないですか。そうするともちろんやってくれるんですが、ちょっとこっちでイメージしているのとは違うんですよね。確かに掃除はされているのですが今一つ綺麗に掃除されていない。

それだとフラストレーションが溜まるのであとでこっそりし直したり…意味がないですよね。それなら最初から自分でやったほうがいい。

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以前仕事なんかでもそうでした。頼んだ仕事が残念ながらこっちのイメージしたものと違うものが形になって返ってくる。もうフラストレーション連発の日々でしたね。

でもこれって、別に頼んだ相手が手抜きしたりとかサボったりしているわけじゃないんですよ。実は本人達は一生懸命やってるんです、本人なりに。

この『本人』なりにってところがミソで、ここが大きなギャップを生んでいるところなんですよね。

そう、綺麗に掃除しておく一つをとっても、自分の『綺麗』と頼まれた方の『綺麗』の基準がそもそも違うようであれば、期待した結果は返ってこないわけです。

これは人に物事を頼む時は全ての事に対して言えることだと思います。

どこのコラムかインタビューで見たか忘れましたが面白いエピソードがありました。

あるIT系のベンチャー企業で今は相当名の知れたところだったと思いますが、まだそれほど大きくいない時の話で、その会社の創業者がエンジニアに対してあるものを期限までに作ってもらいたいので『これは出来るのか?』と聞いたところ、エンジニアは『出来る』との返事が返ってきました。それでその作業を進めるように言いつけます。

そして期限が近づいて状況を確認したところ、何も出来ていない。何でだと聞いたところ『出来るとは言ったが、技術的に実現可能であって、この日までに出来るかと言われるとまた別の話だ』。という返事が返ってきて、崖っぷちに追い込まれたことが何度もあったという笑えない話を目にしました。

私もエンジニア出身の人間なんでよくわかるんですよね、このやり取り(苦笑)。経営者や営業マンなどがいう『出来る』という意味と、エンジニアのいう『出来る』の定義の違い。

人はつい、自分の物事の価値基準で無意識に話してしまいがちになります。自分の基準がそうだから当然の事ながら相手もそんな事はわかってるよね?とか、それは常識だよね?って自分の中で勝手にジャッジしてしまってるんですよね。

だから掃除一つをとっても、自分の勝手な期待感に届かない形になってしまうと、『これホントに掃除したの?』とか言ってしまう。でも頼まれた本人は自分なりにやったと思っているので何で?ってなってしまう。お互いが気分良くないわけですよね。

まだ気分が良くないだけならいいけど、先程のベンチャー企業の話なんかはヘタをすれば会社の屋台骨を揺るがせないことになりかねないわけです。でも頼まれた方からは『そうなら具体的にそう指示しろよ!』って話ですよね。

そう、同じ言葉でも人によって持っているイメージや価値が一人ひとり違うので、人に物事を頼む時にはただ頼むだけではダメで、『具体的にどのレベルまでのモノを求めているのかを指示や説明をして理解してもらう』というところまで本来はしなければならいんですね。

恐らくそこまで具体的に指示や説明すると何故そこまでやらなければならいんだ?という別の話まで広がってしまうと思うのですが、もちろんそうする目的も含めて話をしなければならないケースもあると思います。面倒な話ですね…面倒ですがコレをやらないといつまで経っても同じ事の繰り返しで一向にギャップは埋まることはないと思います。

ここまで話すとお分かりの人も多いと思いますが5W1Hですね。『誰に(Who)』、『何を(What)』、『何時までに(When)』、『どこを(Where)』、『どのように(How)』、『何故するのか?(Why)』…しょっちゅう耳にするビジネスの基本ですが、意外とこの基本を仕事、家族、プライベート問わず忘れがちになります。

ちょっと5W1Hなんて言い方をすると堅苦しくなってしまいますが、ちょっと手間を掛けるだけで円滑に物事がまわるようになってくれた方が、(お互い)余計なストレスやフラストレーションを溜めずに済むのではないかと、最近思っています。

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もしその目的まで話しても理解されず相手が受け入れられない時は、

  • 妥協点を見出す
  • 自分でやる
  • 他の頼める人がいれば他の人に頼む

かでいいのかなと思います。

自分でやるはあくまでどうしても折り合いがつかなかった時の最後の手段。具体的な指示や説明も与えずに何度か頼んで期待した結果が返ってこないから自分でやるにしてしまうと、全て自分が抱え込むことになってしまって本来やるべきことに時間が使えなくなってしまいます。(会社勤めをしていた時のかつての私がコレでした)

何にしても、自分が何らかの形でそれに携わることができなくてお願いをするのですから、お願いする側の姿勢が問われるわけで、日頃から意識して気をつけなければならないなと思う次第です。

 

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