この2ヶ月間、私が仕事を減らしてまで好きな事に打ち込む理由

この2ヶ月間、私が仕事を減らしてまで好きな事に打ち込む理由

もう8月も折り返し地点を迎えた。

ここ最近毎日のようにブログを更新している。

最近会ってない人達を中心に毎日ブログを、しかも昼間からアップしたりしているのをFacebookのタイムラインなどで見て、コイツ何やってるだろう?とか仕事はどうしたんだ?思っている人達もいるかもしれない。

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実は6月に仕事が一段落してから、本業のペースはまったくしていないわけではないが、ペースをかなり落としている。

7月の頭にブログをリニューアルしたり、そこからほぼ毎日のようにブログを更新する日々を送っている。

随分金銭的に余裕のある生活をしているのだなと思うかもしれないが、実際は全くの逆。最近嫁も働き出したが、2ヶ月くらい仕事を休んでおり収入はかなり落ちている。

本業のほうもとても順調とは言えない状況なので、ここ数ヶ月は持ち金を食いつぶす日々。正直手元に残っているお金は殆どない。

そんな状況なのになんでこんな事をしているのか?

理由はただ一つ。やりたかったからだ。

状況を考えたらこんな事をしている場合ではないかもしれない。

でも、じゃあいつやるの?お金に余裕ができてから?

きっとそれを待っていたら一生できないなと思った。その位で後回しにするようなぐらいなら最初からそれほどやりたくないものだろうから、きっとお金が出来て本業や他の事で忙しくなったらそのことすら忘れてしまっていただろうと思う。

ブログだけでない、ヘタだけど大好きな写真を撮ったり、旅や散歩に出掛けたり、家の中の余計なノイズを取り払うために片づけをしたり、自由になった時間を好きな事をするためにここ一ヶ月過ごしてきた。

もちろんそんな毎日をし続けていたら、そう遠くないうちに日々の生活もままならなくなることも分かっている。

何故そこまでしてやっているのか?

好きな事をして、それで一人でも多くの人に影響を与え、それを以って自分の生計を立てる。

これが自分が望む最高の生き方だと思っている。

何を甘いことをだとか、現実を見ろだとか、殆どの人はそう思うに違いない。

じゃあ好きな事で生計を立てる事が果たして無謀な事なのだろうか?好きな事をするのは趣味だけでよくて生計を立てるものではないというのだろうか?そんなものは老後を迎えてからゆっくりやればいいと言う人もいるかもしれない。

だが世の中を見回してみると、好きな事をして生計を立てている人は沢山いる。しかもごくごく身近にだ。老後を迎えてから好きな事をする?じゃあ老後までその楽しみのために我慢の人生を残り何十年もするのか?もしそういうものならそれは世間が勝手に作った価値観でしかないと思う。

確かに昔であれば好きな事をして生計を立てるなんてことは、難しい世の中だったと思う。

だが今は違う。

今の世の中、ごくごく普通の無名の人間でも、好きな事をして生計を立てることが出来る素晴らしい世の中になってきたと実感している。

その一つがブログというメディアを使った情報発信だ。

自分が見たこと、感じたこと、経験したこと、なんでもいい。価値のある情報を発信することで、数多くの人に見てもらい、そこで広告収入を得たり、商品やサービスを紹介すればその紹介料を得ることができる。

まさに自分の好きな事を経験して、そのことを情報発信して収入を得る。素晴らしい生き方ではないかと思う。

本業のほうがダメだとかやりたくないとかという話ではない。この仕事は好きだし自分の気質にもあっていると思う。会社に勤めていた時から懇意にして頂いているお客様もおり、とてもありがたいことだと思っている。

だが、しがない個人事業の身(法人化はしているが実質個人事業となんら変わりない)。特定の収入源に依存した体質は、一歩間違えればその日のうちに生計の手段を失う。それを考えると日々恐ろしい。

だからと言って、誰もが出来るような事をしても、競争に晒され、時間とエネルギーをムダに費やすだけである。

自分の好きなことに打ち込めば、知識や技術の質も量も、気が進まないけどやらなければならないからやるとと言うのとは、比べ物にならないほど得るものが早く大きくなる。

それはきっと、自分ならではの価値観を生み出すことに繋がるのではないかと思う。

とは言えど、頭の中で考えていても何も進まないし、何も実証できない。

今回この行動に出たのはそういう経緯からだ。

こっちで思っている通りにいかない。でもそれもやってみて、自分の肌で感じ取らないとわからないのだ。たとえ思っていたものと違ったものであってもそれを経験したことは決してムダにはならないのだ。

敢えてリスクを背負ってやるからには中途半端にはやりたくない。中途半端にやって悔いが残るような事だけにはしたくなかったので、本業の割合を減らしてでもそっちに打ち込めるような環境を作ることにしたのだ。

もともと文章力があるわけでもなく、ブログを書く速度も遅いので、プロのブロガーさんのように一日に複数記事を更新することはできないが、少なくとも8月中は毎日更新するルールで始めた。

以前の記事で書いたが、このブログサイトはGoogle AdSenseを敢えて導入していない。ブログで商品の紹介目的で貼ってあるアフィリエィトリンクだけだ。

どれだけ書いた記事に反応して、読んで貰えるか?今はそこだけにフォーカスして始めている。

ブログサイトのコンセプトを見直したり、それに見合った記事を充実したり、読んで貰うための導線を貼ったりで、自分なりに工夫した甲斐があってアクセス数は劇的に増えた。

見にきて頂いた訪問者がSNSで拡散して、それを見た方が訪問してくれる。さらにニュースサイトに掲載されてそこからまたアクセスが大量に入るという、今まで人の話しか聞いた事がない世界をこの身で体験することができたのだ。

それだけではなく、書評で紹介した本のアフィリェイトリンクを辿って、本を購入してくれる。

トータルで数千円程度の小さい額であるのだが、この売上レポートを見た時の充実感と喜びは今までに味わったことがない感覚。

金額の多寡ではない。まさに自分の好きな事をして収入を得るというのはこういう事か!という喜びのが大きかった。

もちろん、どこまで自分の収入の柱にするのかというところはあるが、実際にブログを使った収益化は容易でないことが分かったのも事実。

収入の一つにするには、記事の質、更新頻度、検索エンジン対策、ブログの存在を知ってもらったり宣伝したり、果てはブランディングも含めて、今のレベルでは全然ダメだということ。

それでも、『好きな事をして一人でも多くの人に影響を与え、それで自分の生計を立てる。』という自分が望む人生を送るために、ブログというものを通じて大きな可能性を感じることができただけでも、今回敢えてリスクを取ってやってきた事の意味は十分にあったと思う。

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また来月以降、生き残っていくために本業中心に収入を確保していかなくてはならない。可能性を見出せたブログに関しても今はまだ収入の柱とすることはできないし、もう少し時間が必要となる。

恐らくこのままでいくと更新ペースも落ちてしまうだろう。それでもせっかくの可能性の芽を自分から摘むようなことはしたくはない。

自分の人生を世間の常識や組織などに委ねて諦めてしまうことは簡単だ。わずか一ヶ月半ばかりの経験でしかないが、自分の望む人生をデザインするということはこれほど大変なことはないと深く思った。

それでも、たった一度しかない人生。世間の常識や価値観に流されず、自分の望む価値観に沿って生きていける可能性が少しでもあるなら、諦めずに突き進んで生きたいと思った。

このような厳しい状況にも関わらず、自由にやらせて貰っている嫁には本当に感謝している。

まずは8月の残された日々、悔いの残らないよう思い切って好きな事をやり続けよう。

そして、再び来ることのないこの素晴らしい人生という旅の記憶をまたここに一つ刻もう…。

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